こんにちは<Frank>です。 これから全国通訳案内士国家試験対策で学んだ日本史を復習してい きます。暗記した内容をすっかり忘れてしまった私です。 日本人を見つめなおし、 日本人の誉れを大切に。 今日もご一読いただき、ありがとうございます。
こんにちは<Frank>です。 文永の役(1274年)の陸戦の図に登場するのが、当時29歳の竹崎季長 (たけざき・すえなが)。この文永の役で戦功を挙げ、翌1275年鎌倉 に赴き御恩奉行安達泰盛に直訴して、肥後国海東郷の地頭職を受けま した。
こんにちは<Frank>です。 後世の武士道の起源になったのは、この時代だったんですね。一門・ 一家の誉れを貴ぶ精神、恥を知る態度など、今の時代にも受け継がれ ているのでしょうか。 <いち・に・さん、蓋を開ければ御成敗式目(1232年)>と
こんにちは<Frank>です。 今回は誰もが知っている<いい国作ろう鎌倉幕府(1192年)>につい て学習します。1192年は建久(けんきゅう)3年、源頼朝が念願の征 夷大将軍に任ぜられた年です。 1.源平の争乱 源平の争乱(1180年 &
こんにちは<Frank>です。 今回は懐かし<保元・平治の乱>の登場です。現在、参考図書を読み 進めていますが、本来、私は問題集を解きながら憶えていくタイプな ので、正直さっと頭には入ってきません。 参考図書をひと通り読み終えたら、問題集で
こんにちは<Frank>です。 高校時代に学習した<荘園>。懐かしい響きです。武士も台頭し始め たこの時代、少し細かく紐解いてみましょう。 1.国司の地方支配 国司(こくし)は、平安時代において中央政府から地方に派遣された 役人です。国司は
こんにちは<Frank>です。 今回のテーマは<国風文化(藤原文化)>です。説明文の中に平等院 鳳凰堂が登場します。私自身、京都に行くと必ず立ち寄る平等院鳳凰 堂。阿弥陀堂の代表的な遺構です。 折角ですから、今一度、飛鳥文化から院政文化まで
こんにちは<Frank>です。 9世紀初めに、藤原氏の北家が天皇の権威と結びついて精力を伸ばし ましたが、こと<藤原>の名で記憶にあるのが後の<清衡・基衡・秀 衡・泰衡>の藤原父祖4代です。 後三年の役に源義家に協力し、支配地を継承した藤原
こんにちは<Frank>です。 「泣くよ坊さん、平安遷都」という語呂で憶えた794年(延暦13年) の平安遷都。今回は<平安初期の政治と文化>について紐解いてみま しょう。 1.平安遷都 平安遷都は、794年に桓武天皇が首都を平城京から平安
こんにちは<Frank>です。 今回は最初に日本の文化の変遷を分類しておきます。飛鳥文化から院 政文化までは<明日は天候負因(飛鳥・白鳳・天平・弘仁貞観・藤原 (国風)・院政)です>と憶えましょう。 ・飛鳥文化(あすかぶんか):6世紀後半か
こんにちは<Frank>です。 1.遣唐使 遣唐使は、日本が唐(中国)との交流を目的に派遣した使節団です。 平城京の時代(奈良時代、710年~794年)において、遣唐使は文化や 技術の交流を促進し、日本の政治や文化に大きな影響を与えました。
こんにちは<Frank>です。 高校時代に学習した、懐かしい<大化の改新>の登場です。 1.大化の改新(Taika no Kaishin) 大化の改新は645年に行われた政治改革で、飛鳥時代における重要な 出来事です。蘇我氏の専横に対抗する