短編ミステリー小説『桎梏』~立ち読み~

こんにちは、Frankです。

拙作の短編ミステリー小説『桎梏』の梗概と立ち読みをご紹介します。
ご一読いただければ幸いです。

【梗概】

商社マンの富田は、帰宅途上の車内で十年ぶりに詩織と再会する。殺
伐とした夫婦関係に嫌気がさしていた富田は、詩織との時間に癒しを
求めるようになる。過去の別離の理由を詮索し始める詩織に不安を感
じ始める富田。ある日、詩織の家で見た新聞の記事がうねりとなり、
富田の過去が暴かれる。絵本・童話作家さんとのリレー形式で紡いだ
ミステリープロット。『ちょっぴりミステリアスなアンソロジー』の
第7作目。総文字数約19905字の短編小説。男女の永遠のテーマを考
えさせる作品です。

【立ち読み】

  一

 私が詩織と十年ぶりに再会したのは、仕事帰りの電車の中だった。
 私の家は、梅田から電車で三十分ほどのところにある。
 その日は会社からの帰りで、多分八時頃だったと思う。吊り革を持
つ手を握り替えたとき、すぐ隣にいた女が、何かの拍子にこちらを向
き、びっくりしたような声をあげた。
「あれ、富田さんじゃない?」
 その女はぴかぴかのダークスーツを着て、手にはブリーフケースを
抱えていた。
 冬の初めのことである。
 不意をつかれた私は、どこか聞き覚えのある柔らかな響きの声に顔
を向けた。
「詩織?」
 そう呟くのがやっとだった。
 再会する日がいつか来るのではと思うこともあったが、こんな風に
突然その機会がやって来るとは思いもよらなかった。
「元気そうやな」
 詩織に再会するというこの瞬間を実は待ち望んでいたはずなのに、
通り一遍の言葉しか出てこなかった。
 だが、十年前の詩織とは別の空気が感じられた。それは彼女の身な
りや伸びた背筋、意思を持ったようなピンヒールから伝わって来た。
「ええ。富田さんも」
 詩織はそう答えると、ふふっと口元に笑みを浮かべた。
 その笑みは、昔とまったく変わっていない。それを見た瞬間、長い
間忘れていた喜びに似た感情が生まれたような気がした。只、彼女は
昔、私のことを「富田さん」とは呼ばなかった。「トオルさん」と呼
んでいたはずだ。
「変わってないわね」
 詩織は、車窓に向き直ると、私を見ずにそう言った。

――あぁ、変わってないよ。あのときも今も。

 その言葉は口には出さず、心で呟いてみた。
 吊り革を手に並んだ二人の姿が、夜の電車の窓ガラスに淡く映って
いる。こうしていると、最初から親しく一緒に乗っていたようにも見
える。
「富田さんは、いつもこの電車に?」
「いやあ、いつもは普通やけど、今日は珍しく特急に」
「じゃあ、偶然ね」
 詩織は何か言いたそうに、目を宙に浮かせた。

 鉄橋を通過する音が、二人の会話を中断する。思考回路が止まり、
暫くボーッと揺れる電車に身を任せた。
 彼女は勤めているのだろう。
「通勤にどれぐらいかかるの?」
 と私が訊くと、
「一時間ぐらい」
 詩織はそう答え、いつも降りる駅名を付け加えた。
「じゃあ、次の駅で普通に乗り換えか」
「えぇ」
 今度は私が降りる駅名を言うと、詩織は目を瞬かせて、「近いね」
と答えた。
 彼女の長い髪は、今でも変っていない。平安朝の顔立ちは、当時と
しては老け顔だったかもしれないが、今改めて見ると、ポチャッとし
て可愛く見える。チラッと横目で見ると、彼女も私に視線を合わせて
きた。
 その瞬間に、十年前のことが、私と同様に彼女の眼にも浮かんだよ
うだった。

(つづく)

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