ちょっぴりミステリアスなアンソロジー『税金兵衛』~立ち読み~

こんにちは、Frankです。

拙作の掌編ちょっぴりミステリアスなアンソロジー『税金兵衛』
の梗概と立ち読みをご紹介します。ご一読いただければ幸いです。

【梗概】

『ちょっぴりミステリアスなアンソロジー』の第二作目。小学生のと
きに経験した事件を打ち明けようと、実家の父を訪ねた男寡。齢を重
ねた父との会話の中に、新事実を知る――。税金兵衛とは? 父の背
中が語るものとは? 総文字数約7744字の掌編物語《Frank☆World》
をご堪能ください。

【立ち読み】

「どないしたんや? ボーッとして」
 間もなく八十三歳になる父が、痰の詰まったガラガラ声で訊いた。
 三年ぶりに実家に帰った私は、つっけんどんな父の言い方を懐かし
く感じた。
 二十度ほど傾いた座椅子に凭れ、三十センチの至近距離で斜交いで
テレビを見ている父。勤労感謝の日を迎えた金曜日、徳利の濃紺のセ
ーターがとっても似合っていた。
 お尻に敷いた座布団が三、四ヶ所、落とした煙草で焦げている。テ
レビと私を見る眼を使い分け、私には焦点の定まらない父親像を見せ
ていた。
 久しぶりに独り住まいの父を気遣って訪ねたつもりが、逆に気を遣
わせてしまったようだ。
「え? なんて?」
 其処には、父と息子の、特別な空気が流れていた。
「お茶でも淹れようか」
 耳が遠くなった父に、身振りで訊いた。
 欠伸の途中だった父は、口を開けたまま小さく首を縦に振った。

 母が亡くなったのは二十年前の今頃だった。
 それまで父と母との三人暮らしだったが、母の死後間もなく、私は
独り住まいを始めた。それは好き好んで父をひとりにしたわけではな
く、父自らが私の独立を切り出したからだった。
「もう自分でやっていけ」
 そう言われた時、私は父が精神的におかしくなったのかと思ったが、
今になってやっと父の気持ちが分かるようになった。
 きっと私との生活より、母との思い出を大切にしたいという父の決
断だったに違いない。
 
 一人っ子だった私は大学卒業後、中堅の総合商社に勤務した。
 入社十年目を迎え、会社からアフリカ赴任を言い渡された時、私は
何の戸惑いもなく二つ返事で承諾し、南アフリカ共和国の商業都市ヨ
ハネスブルグへ駐在の任務についた。
 それから二ヶ月目を迎えた十月の或る日、母が倒れたと会社から緊
急連絡があった。余命僅かと父から知らされ急遽帰国。母は末期の肺
がんだと、担当医から冷酷な物言いで告げられた。勿論、その時、母
は病状を知らされてはいなかった。
 母の前で努めて普段どおりに振舞う父の姿は、どことなくぎこちな
く、とても痛々しかった。
母が他界する三日前、病院の休憩室で父がボソッと私に、こんなこと
を話してくれた。

――おまえが入社二年目から世界中を飛び回るようになって、母さん
  は神経をすり減らしとった。よもや事件に巻き込まれていないか、
  事故に遭っていないかと、毎日欠かさず新聞に目を通しとったぞ。

 背中を丸め、目を細めて新聞に見入る母の姿を思い浮かべ、私は胸
が痛くなった。

 久しぶりに狭い台所に足を踏み入れ、昔のままのコンロと水屋に対
面した。網膜に留まっていた沢山の思い出が、奔流となって一気に甦
ってくる。
 母が愛用していた小型のやかんをガスコンロにのせ、火を点けた。
 青白く燃える炎がやかんの底から勢いよく飛び出した。

――弱火にしなさい!

 母からよく叱られた子供時代。気持ちがそこにワープし、いつの間
にか沸いたお湯にも気付かなかった。
 父の目の前で淹れたお茶から、緑の香りが漂った。
 朝刊を両手いっぱいに広げ、私との会話から遠ざかろうとする父。
それでいて眼の前にいる私という存在が、過ぎ去った日々を思い起こ
させるのか、皺の中に喜色を浮かべているようにも見えた。

 実は、未だに父に隠していることがある。
 小学三年生のときに起きた出来事。母はそれを胸に仕舞いこんだま
ま、この世を去った。とっくに時効になっているのだが、それでいて
私にとっては大変な事件。心が斑のまま、今の今迄、目の前にいる父
には打ち明けずに来た。
 四十四年前のこの日。今でもトラウマとして私の心に残っている。
 それは特別な朝から始まったのだった。

(つづく)

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