こんにちは<Frank>です。
短編集の巻末にある、薀蓄のある書評を引用しながら、感想を述べ
させていただきます。
書評にもある通り、内田百閒(うちだひゃっけん)といえば、夏目
漱石の弟子で、『我が輩は猫である』の水瓶に落ちて死んだ猫を生
き返らせ、再び大活躍させた『贋作我が輩は猫である』という傑作
を書いています。
気難し屋で、頑固。1967年の12月、百閒は芸術院の会員に推薦され
る。芸術院の会員になれば、当時で60万円の年金が入るというのに、
決して裕福とは言えなかった百閒は、それを断わったとか。
その理由が、「・・・サレドモ、ご辞退申し上げたい。ナゼカ。芸
術院という会に入るのがイヤなのです。ナゼイヤカ。気が進まない
から。ナゼ気が進まないか。イヤダカラ・・・」
この何とも、生理的に受け付けないというか、皆と同じことをする
のが嫌いというか、私にも同じようなところがあるので、彼の芸術
院辞退の話にはクスッと笑ってしまいました。
《初めての家によばれて来て、少し過ごしたかも知れない。主人は
その先の四ツ辻まで送ってきた。気をつけて帰れと云ってくれた様
だが、足許があぶなかしく見えたのだろう》
紹介する小説は、こんな冒頭で始まる、ちょっと不気味なお話しで
す。主人公の「私」は帰宅途上、氷屋に立ち寄る。そこで「死んだ
筈の●●が」と摩訶不思議な体験をする。
「私」が、「さあ、もう帰るよ」というと「墓地から来たんでせう
が」と氷屋の主人。<頭から水をかぶったような体験をお望みの方
には、一読の価値があります>とは書評がうまく表現しています。
頑固者だった百閒の面白い掌編。私自身の性格とシンクロして、文
句なく傑作。大好きな作品です。
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