短編ミステリー小説『夕陽の差すシマ』~立ち読み~

こんにちは、Frankです。

拙作の短編ミステリー小説『夕陽の差すシマ』の梗概と立ち読みをご
紹介します。ご一読いただければ幸いです。

【梗概】

『ちょっぴりミステリアスなアンソロジー』の第4作目。大学のゼミ
仲間だった旧友を大阪の入院先で見舞った若手巡査部長の黄鞠篤は、
信州への帰路、スキーバスの車内でトラブルに遭遇。スキー客が到着
した翌晩、ツアー客の一人が宿泊先のホテルで殺害される。捜査線上
に容疑者が浮かぶ中、新たな糸口を掴む黄鞠。すべては慰労会で明か
される。総文字数約22115文字の短編小説。ウィットの効いた《Frank
☆World》をどうぞご堪能ください。

【立ち読み】

 一

 セスナ機から、フワッと空中に飛び出した。
 高度四千メートルからのフリーフォール。突然のイグジットに、頭
が真っ白になった。凄まじい空気抵抗が一切の思考を遮断してしまう。
「ザー――!」
 耳朶に響く風の轟音。眼下に雲海が広がっている。あっという間に、
一分が経過。落下速度は二百キロを優に超えている。一直線に雲海を
突き破り、突如、ジャングルが現れた。が、それも束の間、大きなウ
ワバミが真下で口を開けて待っていた。
「まさか」
 そして地上一千二百メートル。いよいよパラシュートを開けるとき
だ。
「オープン――!」 
 ど、どうした。主傘のメインキャノピーが開かない。それに予備の
リザーブも――。
「機能不全!」
 大変だ。……このまま〝うわばみ〟に食べられてしまうのか?
「ああ、もうダメだ。助けてくれ――!」
 すると俄かに風の音が止み、自分より先に〝うわばみ〟の餌食にな
りそうな、人らしき姿が眼下に見えた。男だろうか、女だろうか。落
下傘は着けているのだろうか。どうも確認できない。自分より先にど
んどん落ちていっている。
 突然、落下速度が遅くなって、身体がグッと浮き上がった。頭上を
見ると大きな落下傘が、青空いっぱいに開いていた。
 助かった。でもあいつはどうなった。
 眼下の雲が遮って、見えなくなった。
 両手で雲を掻き分ける。そしてもう一度――。

  * 

 何となく左ひざに暖かいぬくもりを感じ、黄鞠は病院の休憩室で目
を覚ました。
「……おじさん。ねえ、おじさん!」
 瞼を開けると、五才ぐらいの男の子が、黄鞠の左膝を揺すっていた。
「泳ぐ練習をしているの?」
 坊主の鼻汁が、今にも黄鞠の膝に垂れ落ちそうだ。
 仰向きに寝ていた身体が、薄暗い天井をそのまま見続けている。突
飛押しもない夢だった。
 喉はカラカラに渇き、身体は疲れてすぐには動けない。反応の悪い
黄鞠に興味を失ったのか、坊主は偉そうな言葉を吐いて立ち去った。
「あれじゃ、オリンピックは無理だね。チョー、キモチワルーイ!」

 黄鞠篤、二十五歳。信州の大学を卒業後、地元のP県警に就職。
 寮生活をしながら警察学校で六ヶ月間、知識や技能を身に付け、学
校卒業後は交番で警察業務の基礎をみっちり学んだ。その後、スキー
場で有名なN温泉地区を管轄する斑鳩警察署の刑事課強行犯捜査係に
配属され、昨年、昇進試験に合格、晴れて巡査部長になった。
 大学のゼミ仲間だった青柳が、勤務先の、大阪の大手家電メーカー
の工場で会議中に倒れたと、黄鞠が青柳の上司から連絡を受けたのが
一週間前。身寄りのない青柳を知る上司は、青柳のユニフォームの内
ポケットから手帳を取り出し、住所録の一番上に書かれていた黄鞠の
ところに先ず連絡を入れたのだった。大阪の総合病院に担ぎ込まれた
青柳の病名は脳腫瘍だった。
 青柳は大学卒業と同時に実家のある関西に戻り就職したが、ひと月
も経たないうちに、JR発足以来の大惨事となった二〇〇五年四月二
十五日のJR福知山線脱線事故で両親を亡くしてしまった。以来、頼
れる親戚もなく、独り暮らしをしていた。JRからの補償金もあり生
活には困らなかったが、無念の死を遂げた両親の事故後、心的外傷後
ストレス障害で、仕事は休みがちになっていた。

 病室に戻ると、青柳は顔を隠すようにして本を読んでいた。
「何だ、それ」黄鞠が訊いた。
「『松山鏡』だよ」
 大学時代、落語部に所属していた青柳にとって、古典落語本はバイ
ブルのようなものだ。
 顔から本を下ろすと、焦点の定まらない眼で黄鞠を見た。
「信州からわざわざ来て貰って、スマナイ」
「堅苦しい挨拶は抜きだ」
 礼を言われるのに慣れていない黄鞠は、あてもなく窓外を見た。
「そうだ! 今度来るときは、オマエの好物を持ってきてやる。リク
エストはあるか?」
 すぐさま「あぁ――」と相槌を入れた青柳だったが、まともな答え
がすぐに浮かばない。暫く天井を見つめたあと、「それまで、生きて
いられるかどうか……」
 か細い声だった。
「何をバカ言ってんだ。生きているに、決まってるだろう!」
 青柳は暗い目になり、掛け布団を口元まで上げた。

 五時過ぎになり、燃える夕陽が沈みかけている。
 黄鞠は自分が勤務する刑事課強行犯捜査係の机があるシマと、映像
を重ね合わせた。友人の交通事故や遭難事故。管内の強盗や殺人事件。
……そして青柳の両親を巻き込んだJR脱線事故。その何れをとっても、
P県警斑鳩署の刑事課のシマに鮮やかな夕陽が差し込んでから数日後
の出来事だった。

――悪いことが起きなければいいが。

 黄鞠はそう祈りながら、夕陽が沈むビジネス街に目を遣った。
「そろそろ行くぞ」
 照れ隠しのため、黄鞠はつっけんどんな物言いをした。
 重い腰を上げた黄鞠の背中を、青柳は気持ちで押した。
「今度、大阪に来る時は、おいしい豆腐を買ってきてくれ。――冷奴
だ」
 青柳の前向きな言葉が、黄鞠には一番いい土産になった。

――青柳、元気でいてくれよ。

 心の中でそう呟きながら、黄鞠は病院をあとにした。

(つづく)

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夕陽の差すシマ ちょっぴりミステリアスなアンソロジー

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